文絵
登録: 2026/9/25
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1枚誓います 健やかなるとき病めるときガムをペッとするときもです
2026/9/26 21:00 の歌会(乙丑の間)2026/9/26 · 星巡
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- 2026-10 ・ 3 票 ・ 2026/10/7 21:00 の歌会(午の間)
フェリー港朝に染まったリュック一つ ねえ青森ってどんな町なの
- 2026-09 ・ 6 票 ・ 2026/9/26 21:00 の歌会(乙丑の間)
誓います 健やかなるとき病めるときガムをペッとするときもです
これまでの全歌 (10)
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フェリー港朝に染まったリュック一つ ねえ青森ってどんな町なの
コメント 8 件
楢原もかワクワク感が伝わる、いい場面だと思いました。 はになっても、があった方がいいように思います。
大根のつまリュック一つで青森に降り立ったの、の清々しい感じがいいなと思いました
永井日々知らない町に来て不安な気持ちが表れていますね。 どちらかというとあんまり青森に来たくなかったのかなと感じました。
秋野 おり朝に染まると言う表現が新しい日々をイメージさせるような気もします。不安もありつつ期待もありつつに感じます。
昼だけ詠んだ時に、二人で自然を眺めてつつ話しているなのかな、と思ったので、「リュック一つ」とあるので少し混乱しました。 ですがの青森について知りたいという期待感だとと適切な表現なのかも、と感じました。
秋野 おり「ねえ」が「ねぇ」ではないところに一人で青森へ行ってしまうの強さも感じました。
大根のつま昼: 下句だけ詠んだ時に、二人で自然を眺めてつつ話している景なのかな、と思ったので、「リュック一つ」とあるので少し混乱しました。 ですが主体の青森について知りたいという期待感だと読むと適切な表現なのかも、と感じました。
青森の空、踏んでる大地、五感で感じる青森の空気たちに対して聞いてるのかな?と感じていました
楢原もか昼: 下句だけ詠んだ時に、二人で自然を眺めてつつ話している景なのかな、と思ったので、「リュック一つ」とあるので少し混乱しました。 ですが主体の青森について知りたいという期待感だと読むと適切な表現なのかも、と感じました。
人じゃないものに語りかけたのかも。朝とか船とか - 2026/10/5 ・ 2026/10/5 21:00 の歌会(寅の間) ・ 2 票
いつからか夜爪を切るようになり明日はいい日、不安ぱちり
コメント 12 件
青海波夜に爪を切ると親の死に目に会えないですね。
中森温泉夜のではあるのですが、が考えている時間は翌朝のことなんですよね。に対するアプローチがいいなと感じました。
たぬきがぱちりのあとのを含んでいて素敵だと思います。の歌全部好きです
澤山 凜ぱちりがひらがななのがかわいくてすきです
キキキキキウ選をとらせていただきました。心の揺れが生活の癖や夜爪の文化から一首だと思いました。「、」は切った爪として置かれているのでしょうか。
ケー太すぎかもなのですが、親の死に目に会えなくてもいいと思ってしまうようになったのは精神的な独立があったのかなとました。明日はいい日だけど、少し不安がある、という歌意かなと。
中森温泉爪を切るという行為に、不安を断ち切るようなイメージを持ちました。日々のおまじないのような感じがします。
たぬきむしろ逃避の方向に進んでいるのかなあと思いました。縁起の悪い習慣が染み付いていた自分に事後的に気づいたけど、それを自分に意識させない為に見なかったことにしているような、それをぱちりと消してしまうような解釈でした
青海波形をなしていないナニかに対して、それでも日常を進める。爪切りは日常の一部であり、夜に切るという少し悪いことでもあるのかなと。でも昼に切る時間は無いのかもしれない。 漠然とした不安は日常で、また生きている事でもあるなと思いました。
たぬき青海波: 形をなしていないナニかに対して、それでも日常を進める。爪切りは日常の一部であり、夜に切るという少し悪いことでもあるのかなと。でも昼に切る時間は無いのかもしれない。 漠然とした不安は日常で、また生きている事でもあるなと思いました。
忙殺されているとのも面白いですね、へのアプローチも考えると夜じゃない方に視線を向ける必要もあるかもしれません
青海波不安をぱちりと己から切り離すとも見れるかも。
キキキキキウ自分の中の不安を、身体の端っこから落とす行為のが「ぱちり」というのも何だか興味深いですね。 - 2026/10/4 ・ 2026/10/4 21:00 の歌会(寅の間) ・ 2 票
置き忘れ弁当箱に問うてみる 愛と誠実比例しないの?
コメント 11 件
インアン愛されている実感はあるけれどお弁当忘れちゃうんだ…と読んだのですが、一捻り欲しいなと思いました。可愛い🍱
昴心置き忘れた弁当箱に問うている感じが、作っている相手への信頼が揺らいでいるのと対応していて良いなと思いました
村川愉季がすごい伝わってきます。
岡野いとう弁当箱に問いかけるあたり何度もあったのかなーとました
仙田てん弁当箱からすると「おれに訊かれても…」という感じがしててフフッとなりました もちろん置き忘れた相手に問うているのですが、なんせその場にいないので、代理として弁当箱が立つっていう 面白いです
よろん置き忘れ、というに少し迷いましたが、手作り弁当に感じる愛と、関係感のずれがいいなと思いました。 比例って言葉が、例えば中学生くらいの学生感を思わせる部分も好きです。
のの作ったお弁当箱に話しかけている感じがとても好きでにしました。お弁当は返事をしてくれないけれど、聞かずにはいられないのだろうなと思いました
村川愉季弁当箱に言っても仕方ないのでは?と思ったのですが、たしかにそこが面白さな気がしてきました!皆さんの評を聞いてより面白く感じてきました
村川愉季愛と誠実 はアイテムとして大きいのかなあと思いましたが、でもこういう場面だとこういう言い方するなあとも
よろん問うてみる、までは半ば強がりな部分が見えますが、しないの?までいくと素の部分が見えちゃっていてそこも可愛いなと思います。
村川愉季問うてみる とは意味上の重複があるのかもしれないとは感じました - 2026/10/1 ・ 2026/10/1 21:00 の歌会(丑の間) ・ 3 票
「枝豆がいいな」と呟く母のこと さやから出してしげしげ眺める
コメント 14 件
斉藤甘栗大人になったこどもが母親をひとりの人間として観察するさまがとてもよく伝わる気がして好きです。
まつう歌意としては、母は枝豆が好きであるからは枝豆をさやから出してじっくり見ることで母への思いを馳せている、ということだととっています。 母が今目の前にいるのか否かがぶれていて、いまいちを確定させられずにいます。
二枝紗莉惟枝豆をさやから出してあげる優しさを感じました。 しげしげとあるので、じっと見つめるのかなと思いきや、眺めるとあるので、ぼんやり見ているのか? はどんな眼差しで母を見ているのだろうと気になりました。 どちらとも言い切れないのが、もしかしたらリアルな家族の感じを出しているのかな?とも思いました。
まつう二枝さんの母に出してあげるを聞いてなるほど、と思いました。「母のこと」という言葉遣いにひっぱられてわりと私は母を回想する方向性で読んでいました
ゆみりが「母」のことを思い出しながら、回想しているのかなぁと思いました。
白雨冬子現在いない枝豆が好きな母を、枝豆を剥きながら思い出しているが浮かびました。枝豆の思い出が、枝豆を剥くと出てくるというがよくにしました。ただ、セリフは、当時の状況が浮かぶセリフではないと思いました。
たぬきしげしげというが意味的にもとしても心地よく思います。暖かい雰囲気が流れている歌だなと思いました
まつう「呟く」という言葉が瞬間性が高いから母がその場にいるか回想かわかりにくいのかも
たぬきまつう: 「呟く」という言葉が瞬間性が高いから母がその場にいるか回想かわかりにくいのかも
母をさやの中から取り出して、、みたいな風に最んでしまったので功罪がありそうです
まつう枝豆がいいな、だと枝豆を食べて無さそうなんですよね美月 江2句目とがですが、時間が引き伸ばされて、ぼんやり思い出すときのゆるやかな感じがあってよかったです。
まつうそうすると枝豆を食べていないが枝豆が好きな母の回想⇔食べている私 が浮かび上がる
たぬき美月 江: 2句目と結句が字余りですが、時間が引き伸ばされて、ぼんやり思い出すときのゆるやかな感じがあってよかったです。
どちらも動詞で、それがけいとして前に出てきて素敵ですね
まつう44のは - 2026/9/30 ・ 2026/9/30 21:00 の歌会(未の間) ・ 4 票
今日もまたクララが立つのあの子ばっかり くらり倒れる私を妄想
コメント 19 件
高宮でぢこあたりまえのことをあたりまえにできている私を評価してほしい、見てほしいという意思が伝わってくる感じがします。
樋高芽依ことばあそびを楽しみつつ、クララみたいな子にずるさを感じちゃう心理はすごくを呼ぶものだと思います。
樋高芽依ずるさじゃないかな、うらやましさというか。
暮石恋衣でとりました。 性の高いお歌です。 病弱で可憐な女の子ばかりが注目されて、健康なは見向きもされない。 のやっかみや嫉妬心が伝わってきます。 クララもハイジも少女であることから、も大人より、女子中学生〜女子高生だと読めました。
高宮でぢこクララとくらりという語が響き合っていて良いですね。
暮石恋衣本来健康であることは良いことのはずなのに、「自分のことも見てほしい」という気持ちが先行して、病弱な自分を想像してしまうに、可愛らしさを感じました。
たぬき「クララが立った」と立っただけで他者から持て囃されるような立場に対する嫉妬のお歌だと思いました。妄想とまで割り切っているはどうしようもなく健康で、それを半ば呪っているような感じがしました。言葉のひびきあい自体が面白い歌ですね😵💫
樋高芽依立つと倒れるが逆のベクトルなのも、どこまでも違う2人なんだなと思います。
なごむー本来は一度きりのシーンのはずが頻出する台詞過ぎて、今日もまた、にされて倒錯が生まれているのが非常に興味深くて楽しく読ませていただいた歌です せっかく妄想なのに、自分は倒れる側でやぶれかぶれになってる感じも好きです
たぬき今日もまた、というが独特だなと思ったのですがあまり噛み砕けていません!
なごむー倒れるって割とちゃんと事件なので、みんな心配してくれる、注目を集められるのではっていう妄想になっちゃうのも意外とできます
暮石恋衣三句のが私は少しだけ気になってしまいました。 「クララ」と「くらり」の言葉遊びもされているため、で立ち止まる余地のないの方がやすいと、個人的には感じました。
高宮でぢこ「クララが立つ」はではないかと思いました。だからこそ物語上では一回しか起きなかった(起きようがない)が、何回も起きているのだと思います。
暮石恋衣なごむー: 倒れるって割とちゃんと事件なので、みんな心配してくれる、注目を集められるのではっていう妄想になっちゃうのも意外と共感できます
そういった妄想をしたことが私にもございます。できる妄想ですよね。
暮石恋衣高宮でぢこ: 「クララが立つ」は比喩ではないかと思いました。だからこそ物語上では一回しか起きなかった(起きようがない)が、何回も起きているのだと思います。
私も病弱で可憐なクララのような女の子のだとました。
たぬき高宮でぢこ: 「クララが立つ」は比喩ではないかと思いました。だからこそ物語上では一回しか起きなかった(起きようがない)が、何回も起きているのだと思います。
なるほど、目の前で”クララが立つ的”な場面を今日も目にしているとすれば、あの子が現実に召喚されるような気がしますね
暮石恋衣がハイジのように元気で快活に見られる、あまり心配されない人物なのかという想像もできます。
高宮でぢこ「くらり倒れる私を妄想」にただようナルシズムがとても好きです。
なごむーとと、一度しか起きないことのはずなのに、また起きるのおかしいだろ!みたいな感じもありますね - 2026/9/27 ・ 2026/9/27 21:00 の歌会(甲子の間) ・ 4 票
ひとしずく お姉さんを部屋に垂らしたい ポストカードを飾ってみたり
コメント 6 件
さいたまどこかねじれた感情に見えたのですが、一滴だったりポストカードだったら慎ましやかなのがいいです。
曽我区分概念としての「お姉さん」らしさなのかなと思って読んだのですが、みなさまはどう読まれましたか?
二級河川と街「部屋に垂らす」だけだとグラビアのポスターのようなイメージですが、「ひとしずく」で「ポストカード」。ささやかですね
さいたまアニメ的なお姉さんだとました。
さいたまアイドル的な存在なんでしょうかね。
あきの つき最初は「お姉さん」への恋慕的な感情だと読んだのですが、もしかしたらお姉さんに憧れる子どもの歌なのかも、とも思いました。 概念としての「お姉さん」というか。背伸びしたい感じというか。 - 2026/9/27 ・ 2026/9/27 14:00 の歌会(子の間) ・ 1 票
オフロード 泥、坂、擦り傷、充ちる君 毛布の中にいてほしいのに
コメント 8 件
栗子守熊自転車で悪路を走る人へ向けた歌とました。の優しさがいいですね。awano「充ちる君」がなんだか不思議で面白かったです。
佐々岡矩実「君」はオフロードバイクを趣味にしているのでしょうね。大きな怪我をする危険もある趣味を持つ人を案じるの、ともすれば独占欲とも捉えられる不安を感じました。
椎本阿吽二句から三句にかけてのテンポ感がよかったです。
雛菊私はオフロード自体が人生にみたてているのかなとました。親心というか、心配性というか、汚れないで傷つかないでここにいて!というような。
遠野 鈴雛菊: 私はオフロード自体が人生にみたてているのかなと読みました。親心というか、心配性というか、汚れないで傷つかないでここにいて!というような。
バイクの歌として読んでおり、あまり想像力を働かせることができなかったのですが、親心としての、面白いですね
雛菊遠野 鈴: バイクの歌として読んでおり、あまり想像力を働かせることができなかったのですが、親心として読むの、面白いですね
毛布が安心毛布のような愛着的な物体なのかもというところからのでした。深すぎていたら申し訳ないですね。
佐々岡矩実親心としてと「毛布の中にいてほしい」にはちょっと怖さも感じますね。ずっと庇護されるものとしていてほしい、とほぼ同義になるので - 天位2026/9/26 ・ 2026/9/26 21:00 の歌会(乙丑の間) ・ 6 票
誓います 健やかなるとき病めるときガムをペッとするときもです
コメント 9 件
宮蛍結婚式の的なのなかに「ガムをペッとするとき」という卑近な例を盛り込むことによるおかしみ、ホッとする感がいいと思います。 ただのリズムに合わせた結果「とき~とき~ときも」で統一感が崩れているところが、ちょっと気になりました。
理科実験落差がわかりやすく、強く印象に残りました
昼急に日常的な表現になってあったかさを感じました。とても素敵な歌だと思います。
漬けマグロ大好きです!!そんな時にも愛する気持ちを大事にできたら本当だなぁと思いました
睦叶少しふざけている感じも日常の一部のような感じがして好きです
あきの つき結婚式の神聖な雰囲気と「ガムをぺッとするとき」の落差が面白いなと感じました。
睦叶最後のリズムが少し気になりました
佐々岡矩実結婚式における定番のを用いているので、歌もでたかったなとは思いました ただ、がカチッとした雰囲気をあえて崩した感じにも受け取れるのでそこは好みの問題かなと思います
佐々岡矩実すみません、とだけ書いてしまいましたが2句目のと4句目ののことを言っています - 人位2026/9/26 ・ 2026/9/26 14:00 の歌会(未の間) ・ 1 票
朝日浴びぐいぐい伸びろ豆苗よ思いきりよく切ってあげるから
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さいたま豆苗に対して同じような愛着を覚えたことがあるのでしました。
yohei切ってあげるから、がすごく丁寧で、少し怖くて、秀逸ですよね
テンション豆苗、があって親しみが湧く。豆苗を人格化して「伸びろ」と声をかける点がファンタジックだけど、「切ってあげるから」でリアルなに戻る。素敵です。
さいたまなのが本当に切りたくてうずうずしてる感じに読めます。
pego切ってあげるからが良いですよね。ただ成長を祈る歌に見せかけて、という。
テンション「思い切りよく」、勢いよくという意味なのか、愛着を断ち切って思い切って切る、なのか……
yohei結果として、食べられることが豆苗という食材にとっての幸せということなのかな。
yohei実は何かの表現なのか、とかまではきれていないです
さいたまyohei: 実は何かの比喩表現なのか、とかまでは読みきれていないです
生活詠としてましたが確かに何かのとしても読めそうですね - 人位2026/9/25 ・ 2026/9/25 21:00 の歌会(酉の間) ・ 2 票
今日こそは遠回りして帰るんだ明日のパンをつまむ幸せ
コメント 9 件
ゆかりごはん帰るんだ、が可愛くて好きです!
かしくられい遠回り中に明日のパンを食べてしまうとました、かわいらしい!
椎本阿吽とにかく多幸感があふれてくる一首でした。明日の楽しみを今こっそり食べるシチュエーションも、とにかく幸せそうでよかったです。
汐里タオのキャラクター性はとても好きなのですが、状況が微妙にわかりにくいと思いました。帰りに遠回りをしながら、明日食べる分のパンを食べている?
かしくられいのクリシェ感は否めない気がします… ちょっとな感じがある はとても良いです
椎本阿吽いつもは普通に帰っていたけど、遠回りして道草をしようと決めて、その分お腹が空いてついパンを食べちゃったんでしょうか。
栗子守熊私も多幸感を感じました。
汐里タオ「明日のパン」って基本家にあるものというイメージだったので、少しな迷ってしまいました
汐里タオ評を聞いて納得しました!