
姿煮
20円引
月間ベスト
- 2026-10 ・ 7 票 ・ 2026/10/5 21:00 の歌会(丑の間)
青くした湯船に指を浮かばせてすべての爪はさみしい岬
- 2026-09 ・ 6 票 ・ 2026/9/30 21:00 の歌会(寅の間)
木漏れ日に深く座ればどこまでも光を通さぬ体と思う
これまでの全歌 (4)
- 天位2026/10/5 ・ 2026/10/5 21:00 の歌会(丑の間) ・ 7 票
青くした湯船に指を浮かばせてすべての爪はさみしい岬
コメント 12 件
なゆた海になぞらえるのはいいなー。
なゆたがはっきり浮かんできます岩瀬百青と寂しさがスムーズに繋がって、抽象的ながらイメージしやすい表現で上手いと思いました。
水也水から覗く爪が岬、というのが面白く思いました。お風呂が海になって、急に広々した感じです。 歌自体はの窮屈な気分や疲れを感じましたが、ゆっくりしたあとそれも溶けていきそうな気配も感じます。
なゆたは特に巧いと思いました
畳川鷺々きれいな歌ですしも浮かびますが、のはそこまで納得感はないかな、と思いにとれませんでした。
とのもづかさ湯船で手持ち無沙汰に手を沈めたり出したりする光が浮かんでしつつ、湯船を海、爪を岬とする観点が新鮮で素敵でした。なんとなく寂しさを覚える入浴中とリンクする気がします。
牛隆佑「青くした湯舟」は文章としてはけっこう強引な省略があって、入浴剤で青くするのは湯のはずなんですが、湯舟全体を青くすることで一気に「海」っぽさが出るのがうまいなと思いました。手を伸ばす動作が浮かんで、それが何かや誰かを求めている人の姿とも重なりました。その広がりも良いと思います。
なゆたさみしい、という直球を、岬というに乗せて、表現が緩和されてる感じ。
なゆたそう受け取ると、今度は、すべての、が、すごく映えてくる
牛隆佑8人だから全員が取っているのすごいですね。岩瀬百確かに手は見てみると北欧あたりの深い入江のようで納得感が - 人位2026/10/2 ・ 2026/10/2 21:00 の歌会(申の間) ・ 3 票
もういない人の話を聞くときは遠雷に耳を澄ますみたいに
コメント 14 件
北川なのがいいですね。だと決まらなそう。
七篠龍也の「澄ますみたいに」はあえて言い切らないことで遠雷に耳を澄ますような静けさが表れていてとても良いと思いました。
高宮でぢこ「もういない人の話」は、聞けたら嬉しい・想像すると懐かしいものだと思うのですが、それが雷鳴に喩えられているのが面白いです。遠雷というと、「雷が落ちた」という言葉もあるように、怒るイメージです。そうすると、もういない人というのは威厳があった親なのかな、など想像が膨らみました。
七篠龍也北川: 直喩なのがいいですね。暗喩だと決まらなそう。
私としてはの表現がすでに的というか、少しミステリアスな表現なので、がちょうどよく感じたように思います。
北川高宮でぢこ: 「もういない人の話」は、聞けたら嬉しい・想像すると懐かしいものだと思うのですが、それが雷鳴に喩えられているのが面白いです。遠雷というと、「雷が落ちた」という言葉もあるように、怒るイメージです。そうすると、もういない人というのは威厳があった親なのかな、など想像が膨らみました。
「遠雷」なので、わかりやすい雷ではなく、遠くからゴロゴロ言っているみたいに感じました。
よいのりゅう自分も最んだ時は、しっとりした歌だな、と思ったのですが、よくよく見ると遠雷なんですよね。
樋高芽依遠いほど光とは離れていくので、昔のあなたから届くものにはそうやって耳を澄ますしかないのかな、とました。
苑央もう直接触れることのできないものの気配を、じっと聞いているような感じがしました。もういない人との距離を知らず知らず測っているような…だからこそ、わかるな~となりました。
高宮でぢこ雷が遠雷であるというのも重要で、直接的にを侵害してくるものではないんだけど、想像すると今も不安を催させる、呪縛みたいなニュアンスがあるのかなあと。
北川手(私)に遠雷と雷のイメージの齟齬があったかもしれません。
高宮でぢこ「耳を澄ます」という語から完全に「もういない人」を拒絶しているのではなく、尊敬の念などもないまぜな感情としてあったのではないかなあと。
七篠龍也北川: 「遠雷」なので、わかりやすい雷ではなく、遠くからゴロゴロ言っているみたいに感じました。
遠くでなっている、耳を澄まさないと聞こえないし澄まさないといけないというようなの意味だと思いました。
苑央雷のイメージから、あんまりいい別れ方をしなかった人の噂をこっそり聞いてるみたいな印象も受けました。
北川「もういない人」が特定の人物で、雷を思い起こさせるかもしれませんね。 - 天位2026/9/30 ・ 2026/9/30 21:00 の歌会(寅の間) ・ 6 票
木漏れ日に深く座ればどこまでも光を通さぬ体と思う
コメント 10 件
やすらか陽光にくっきりと描かれる身体性が素敵だと思いました。
北谷雪木漏れ日(決して強くはない光)を繊細に受け止めている贅沢な体感が伝わってきましたやまこよみ確かに、と思って選を入れました。木漏れ日の歌を三日くらい連続で読ませてもらってるのですが、その中でも目に見えるではなく物理的な身体性を描いている歌は珍しく、新鮮に映りました。
椎本阿吽どこまでも、と言っているのに光は体にせき止められている。その比較が面白いです。
よろん描写の描き方がとても綺麗でした。 自分と光が一直線に繋がっていて、深く座って距離を取っても自分と光の関係性の変わらなさに心動かされました。
仲野そと透明感のような純粋なものへの志向の歌とました。 土手や公園など割と緊張感の無い空間で、(ベンチに)〈深く座れば〉がいいです。
やすらか木漏れ日だからこその感慨だろうなぁと思います。強い日差しに手を翳したなら感じ方も違ったはず。
崩碧どこまでもという表現好きです。自分の体の実体をかみしめている感じがします
北谷雪「深く座る」も、この歌における体の物質的なイメージにつながっていると思いました
椎本阿吽とにかく比較のうまい歌だと感じました。素敵です。 - 天位2026/9/27 ・ 2026/9/27 21:00 の歌会(酉の間) ・ 6 票
いつか死ぬ人じゃなきゃ許されないよこんな大きな水玉のシャツ
コメント 21 件
七篠龍也大きな水玉のシャツ、で死を持ってくるか、と思わず笑ってしまった後に、そういや死なない人なんていないな、と気づかされる、その意味で二度見三度見をさせる上手い歌だなと思いました。
新年new太朗まず笑いました 大きな水玉のシャツと死ぬ人じゃなきゃ許されないが好きでした 妙に納得させられたんですよね
試走。大きな水玉のシャツっていうとてもポップな服に対して僕なら生きたいと願う人の方が似合いそうと思ったのですがいつか死ぬ人じゃなきゃ許されないというのが最初不可解で何故だろうと考えさせられた歌でした。
北狐(きたきつね)人はいつか死ぬので、ということは着ていいってことになりますかね?
インアン楽しくて少し不穏で好きな一首です。要するに全人類許されるのに敢えてのこの言い回しが、逆説的に客体に死なないよね?と迫っているような…
夢乃うつつ水玉のシャツってなぜあんなに目立つのに、ちゃんと似合う人がいるんだろう?では草間彌生さん作の水玉模様を思い浮かべました。歌全体にまとまりを感じて良いなと思って取りました。
北狐(きたきつね)大きな水玉=シャボン玉の連想が可能でしょうか。そうなると「いつか死ぬ」とかかってくる部分もありそうです
試走。社会から見られていることをあまり気にしない人が着るものとしているのかなと。 「どうせいつか死ぬから」と人生を楽しんでいる人へのあこがれのようなものを感じました。 はシンプルなシャツを着ているのかもしれないですね。
夢乃うつつは水玉のシャツを少し恥ずかしいと思っているのかな。人間はいずれみんな死ぬのに「いつか死ぬ人」とされているのも面白いところですね。
駒木りつの「いつか死ぬ人じゃなきゃ許されないよ」がインパクトのある表現ながら、死なない人はいないのではどこかで大きな水玉のシャツ、もしくはそれを着ている相手を認めているのかな、と感じました。とても面白い表現で好きでした。
夢乃うつつ服装に対する社会からの許される、許されないみたいなものってありますよね。そういう繊細な部分も歌に隠れているのかなと思いました。
七篠龍也のが、に振り切っているためか喋りのスピードとして(手によっては捲し立てるように)読めるのが面白いな、と思います。
新年new太朗なんかよほどのことがない限りおおきな水玉のシャツが最善策になることないとおもうんですよね AIとかに聞いてもおおきな水玉のシャツがいいとおもいますよとはならない気がして そこに人間味(しぬひとじゃなきゃ)がなんか感じてよかったです
試走。僕の好みになっちゃいますけど大きな水玉のシャツをみんな着れる社会になるといいねみたいなよみかたをしました。 これは本当に僕の普段の思想から来てる気がするから的外れかも。
夢乃うつつ水玉を着られる機会も多少はあると思うんだけど、カッチリとした場など水玉が許されなさそうな場所にわざわざ水玉を選んでいるのかな?とも読めました。
北狐(きたきつね)たしかに、フォーマルな服装みたいなことで言えば「いつか死ぬ」→「社会的な死」みたいに、無敵な人はどんな服でも着ちゃうとかもありそうです。
北狐(きたきつね)お葬式とか結婚式とか
夢乃うつつ自分もそういう式典で想像しました。
試走。「みんないつか死ぬんだから好きな服着ればいいじゃん」って言ってきそうですよね。
新年new太朗北狐(きたきつね): たしかに、フォーマルな服装みたいなことで言えば「いつか死ぬ」→「社会的な死」みたいに、無敵な人はどんな服でも着ちゃうとかもありそうです。
でも無敵なら死なないな なんかそこもおもしろいな
夢乃うつつ試走。: 「みんないつか死ぬんだから好きな服着ればいいじゃん」って言ってきそうですよね。
わかります!