登ゆう
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- 2026-09 ・ 6 票 ・ 2026/9/29 21:00 の歌会(未の間)
CDの虹が削がれていく様にみな息を止め小四の理科
これまでの全歌 (7)
- 天位2026/9/29 ・ 2026/9/29 21:00 の歌会(未の間) ・ 6 票
CDの虹が削がれていく様にみな息を止め小四の理科
コメント 10 件
ケー太私自身はこの実験やその光を見たことはないのですが、歌からそのものが伝わってくる、臨場感のあるお歌でした。
芦田波生緊張した理科の実験の授業を想像しました。「CDの虹」という言葉が好きです!
やすらか最近の小学校にはそういう実験があるんですね……という謎の感慨に浸ってしまいました。
芦田波生みんな目が釘付けになっている様子が見えるなあと思いました
大月陽星CDの表面はカラス避けに使われるように虹色に光ってますが、剥がれるという実感がなく、イメージの歌だとおもいました。火を使うようなちょっと怖い実験をしてるでました。好奇心が最初、虹色のように心にあるんだけど、恐怖心が勝ってきて「虹が剥がれていく」という表現がでているように思いました。が気持ちよく、書きたいことが書けているようでよかったです
森内詩紋がよくてと迷ったうたでした。 の「を」が有ることでへのつながりが途切れてしまったのが残念に思います。
やすらか「さまに」か「ように」かで解釈が変わりそうだなと思いました。
森内詩紋大月陽星: CDの表面はカラス避けに使われるように虹色に光ってますが、剥がれるという実感がなく、イメージの歌だとおもいました。火を使うようなちょっと怖い実験をしてる景で読みました。好奇心が最初、虹色のように心にあるんだけど、恐怖心が勝ってきて「虹が剥がれていく」という表現がでているように思いました。音が気持ちよく、書きたいことが書けているようでよかったです
テープとかでけっこうすぐ剥がせますよ。古いCDは図工でもそうやって使いますし。
森内詩紋やすらか: 「さまに」か「ように」かで解釈が変わりそうだなと思いました。
前をと「さま」だと思うけど、作者に確認したいとこではありますね
ケー太やすらか: 「さまに」か「ように」かで解釈が変わりそうだなと思いました。
さまでましたね。変わらないイメージのあるCDの虹が消えていく様子に息をのんだのかなと。 - 2026/9/28 ・ 2026/9/28 21:00 の歌会(卯の間) ・ 2 票
ごつ盛りの焼きそば啜る箸やめば倦怠期とは我にも不可避
コメント 9 件
ゆきのきらつごつもりの焼きそばを食べきれない日が来るように倦怠期も来てしまうものっていう少しコミカルな切ない歌だとました
キキキキキウ生活の具体がとても強く、倦怠期を重く扱わないで「不可避」と軽く言い切る表現が魅力的でした。あれだけ必死に啜っていた焼きそばさえ箸が止まることもある。「そういうこともあるよね」と受け止めやすい一首でした。
ゆきのきらつは多分ごつ盛りの焼きそばが好きでよく食べていたんだけど飽きがきてしまったのかなぁと
たぬきひとりカップ焼きそばの味の濃さに飽きてしまうを想像しました。に他者がいない感じがしたので、倦怠期が人に対する恋愛ではなく、インスタントの焼きそばに対するワクワク→落胆に現れているのかなとました
ゆきのきらつたぬき: ひとりカップ焼きそばの味の濃さに飽きてしまう主体を想像しました。景に他者がいない感じがしたので、倦怠期が人に対する恋愛ではなく、インスタントの焼きそばに対するワクワク→落胆に現れているのかなと読みました
恋愛じゃなくて焼きそばに対する倦怠期って方はなかったです! そうとさらにコミカルですね
たぬき我にも、の並列が広く人間と同じように、の意味なのか、はたまた倦怠期来たわ〜みたいな話をお友達から聞いたのかな、とか想像しました
キキキキキウたぬき: 我にも、の並列が広く人間と同じように、の意味なのか、はたまた倦怠期来たわ〜みたいな話をお友達から聞いたのかな、とか想像しました
確かにそうですね。「我に」ではなく「我にも」ですから「いよいよ自分にも」といったところでしょうか。
ゆきのきらつ焼きそば一つでここまで深く考えさせられるとは思いませんでした!
たぬきゆきのきらつ: 恋愛じゃなくて焼きそばに対する倦怠期って読み方はなかったです! そう読むとさらにコミカルですね
カップ焼きそばって恋愛からいちばん遠い食べ物っぽさが私の中にあったので、、面白いですよね - 人位2026/9/27 ・ 2026/9/27 21:00 の歌会(卯の間) ・ 2 票
珪藻土マットを買って照れている 四月のフェアに君とカインズ
コメント 12 件
ぐりこ一緒に暮らし始める準備の買い物かなと思いました。初々しいです。
背泳ぎ珪藻土マットというが短歌に具体性を持たせていて、日常の風を特別な遠へと変えているところが素敵です
壱珠世間知らずゆえ、カインズの価格帯等全くわからないのですが、とにかく初々しさ、新生活への期待、そしてそれはおそらく高価なことではなく人並なささやかなものであろうこと(フェアだし)、このあたりがとても素敵だなと思いましたさくたみ珪藻土マットって、一人暮らしの節約生活中には買おうと思わないものですよね。二人で暮らすことになったし、折角だからと物色している様子が目に浮かんで、心が温かくなりました。
暮石恋衣珪藻土マットという具体的な語がキーになりそうなお歌だと感じました。恥ずかしながら珪藻土マットに馴染みがなく、の時間にた次第です。
壱珠珪藻土マット、絶妙だと思います 「お揃いのカップ」だと上品にまとまりすぎてしまいそうだし、ちょうどいい
壱珠「照れている」もかなり好きですさくたみカインズを選んだのもすごいと思います。「ダイソー」だったらちょっと弱くなるかもしれません。 (ダイソーを否定したいわけではありませんが……)
暮石恋衣「珪藻土マット」と「カインズ」という2つの存じ上げない単語が入っていたため、に少し迷いました。カインズホームが大手ホームセンターチェーンなのですね。個人的には「ニトリ」などの方が馴染み深く、がすぐに浮かびます。ただこれは、地域差や私の知識不足が原因かもしれません。
ぐりこ四月のフェア、ということろが新生活を思わせる仕掛けになっているのかも
壱珠私もカインズはそういう名前のお店がある、くらいしか知らなかったですが、でもニトリよりカインズの方が好きかもしれないです、個人的に
暮石恋衣「マットを買って」「四月のフェア」とございますので、カインズホームを存じ上げなくても、ホームセンターで買い物をしたのだろうか、というところは読めました。を知らない人間にも意味が伝わるよう配慮されている点が素敵だと感じました。 - 天位2026/9/27 ・ 2026/9/27 14:00 の歌会(巳の間) ・ 5 票
派手好きは見栄っ張りだと限らない 凍える朝に塗るバラのジャム
コメント 12 件
くらやみお姉さんバラのジャムっておしゃれアイテムですね 短歌の中に置くともう必ず主役になるような
きんぶつが浮かんで好きでした!日常の中で大切な瞬間を思い起こさせてくれるような。
さいたま言い切っているのが気持ちがよく好きです。でも私には派手好きに見えてしまうけど。
森内詩紋、当たり前のことを言ってるんですが、のの行動からは、を補足するような丁寧な暮らしぶりが見えると思いました。
くらやみお姉さんバラの情熱感と凍える朝の冷たさのがうまい感じあります これは距離を離すテクニックというか
さいたまはあってもなくてもどちらもいいような気がするのですがみなさんはどう感じましたか?
くらやみお姉さん見栄っ張りじゃなくて生活のなかにふつうにバラのジャムがあるんだぜ、みたいな 平熱のまま派手なんだぜ というampちゃんと誰も見てない朝食でもバラのジャム塗ってるのが良いですね。言葉としての道具立てが上手いなと思いつつ、派手好きを私生活でも貫いている強い意志が面白いです
くらやみお姉さんこれはつぶやき+実の切れ目がわかりやすいのででもいい気がするかなampぱっと見の印象と歌意の程よい乖離が良いです
くらやみお姉さん字空けなしで書くときは、詰めたぶんの文法的な掛かり方になんか効果があってほしいけれど これは字空けのほうがわかりやすい気がする
森内詩紋バラのジャムって好き嫌いあると思う。 それを好むことと、見栄っ張り(外へのアピール)は違う、という独り言的な部分がいいなと思います。 難しい技法は無いうただからこその、魅力かもしれないけど。 - 天位2026/9/26 ・ 2026/9/26 21:00 の歌会(子の間) ・ 5 票
吐いてまた求めて吐いてししおどし 愛は自由と信じたかった
コメント 19 件
一ノ瀬 美郷お願いします🙏
一ノ瀬 美郷縛られたり、苦痛を伴うような愛情表現をしたりされたりしている関係の人達(カップルともいいきれず)なのかなと思いました。ししおどしが出てくるのがとしておもしろいです。
十又水青で選びました。恋愛がつらくてため息を吐き空気を求めて入れることをししおどしとしてとらえるのは見事ですね。そして「愛は自由と信じたかった」が絶妙です。色んな解釈ができ、余白を生んでいると思います
ケー太よろしくお願いします。このお歌、ししおどしはのだと思いますが、読んだときの一拍止める感じにもなっていて良いなぁとました
𝚖𝚒𝚎𝚞𝚡吐けば飲めるタイプの酔っ払いが泣きながら言っているように見えてなんだか愛しいです。
つきのみずうみよろしくお願いいたします!し、しおどしの終わりのない動きを愛と重ね合わせるが素敵だと思いました。
一ノ瀬 美郷前半は痛々しいくらいのアップダウンというか、そういうのを感じました。もしかしたら摂食障害関連のなのかもしれないとも思います。後半、すごく切ないですね、、
斎藤夢斗〈ししおどし〉からオートマティックすぎる〈愛〉にをつなげたのだと思います、手腕がいいなと思いました。字開けはなくてもいける気がしますが、名詞が続くので微妙になっちゃう気もしたりなどしました。
ケー太一ノ瀬 美郷: 縛られたり、苦痛を伴うような愛情表現をしたりされたりしている関係の人達(カップルともいいきれず)なのかなと思いました。ししおどしが出てくるのが発想としておもしろいです。
過激な関係性という見方をすると、四句「愛は自由」はい確かに活きてきますね。
一ノ瀬 美郷本当に吐いたりしてるなのか、それともなのか迷いました!
斎藤夢斗一ノ瀬 美郷: 前半は痛々しいくらいのアップダウンというか、そういうのを感じました。もしかしたら摂食障害関連の主体なのかもしれないとも思います。後半、すごく切ないですね、、
なるほど、愛そのものを注いで吐いてかと思っていたのですが、実際に吐いているとも読めますね、より悲しい歌に見えてきました。
想田るうじゅ今たのですがししおどしって威嚇して追い払うためのものなんですね 自由じゃない愛と戦っている感じがして良いです
一ノ瀬 美郷鹿を追いやるんですよね、
斎藤夢斗想田るうじゅ: 今調べたのですがししおどしって威嚇して追い払うためのものなんですね 自由じゃない愛と戦っている感じがして良いです
という意味では漢字だと鹿威しになるので、ひらがながいいかもしれませんね
ケー太水が与えられている限り吐いてまた飲んでを繰り返す…それ自体が不自由さに見えますね
つきのみずうみエンドレスな動きに、は現状から逃げ出せない苦しさもあるのかなと感じました。
𝚖𝚒𝚎𝚞𝚡確かにししおどしが漢字だと、愛とか自由という言葉と不釣り合いかもしれませんね。優しい雰囲気のひらがなのほうが合うかもというのはわたしも同感です。
一ノ瀬 美郷すごく力のある作品だなと思いましたが、にはいかず、大丈夫!?💦と心配になっちゃいました🥺︎
想田るうじゅししおどしのって心地よいイメージがあるのでそこに吐くのを結びつけるのがおもしろいです - 2026/9/26 ・ 2026/9/26 14:00 の歌会(寅の間) ・ 2 票
二人なら席取りだって楽しいと 花火のような恋の盛りで
コメント 7 件
サッポロ地面の席取りを上空の花火で例えているのが素敵でした。
栗子守熊恋の楽しい時間を感じました。の意図をきれませんでした。
篠田ルルイエ綺麗に整えられていると思うのですが、席取りをしてるなら花火のような、ではなく花火を実際に観ているのではと思ってしまい、として相性が最適ではない気がしてしまいました。
アサコル「花火のような恋の盛り」とありますが、そこで二人が花火大会に行ってるイメージを持たせたのがうまいと思いました
再開発くん素直でかわいらしい歌でよかったです。席取り、と花火(のようなだからこの自体はもあるし花火の席取りではないかもですが)言葉が自体が近すぎるのかな……イメージが近すぎるとわりと手の息がつまるというか……うまい表現が見当たりませんが、うまいに見えない可能性がどうしても存在してしまう気がしています。よく飛ばすという表現がありますが、は遠くに飛んでいればいるだけいいですからね(個人の感想です……)花火のような恋の盛り、はその上でわりと日常でも手垢のついてしまった言葉なので、その点でももっとできたのでは、とおもってしまいました。サッポロ席取りをポジティブに変換することは面白いと思った
篠田ルルイエ再開発くん: 素直でかわいらしい歌でよかったです。席取り、と花火(のようなだからこの景自体は一字あけもあるし花火の席取りではないかもですが)言葉が自体が近すぎるのかな……イメージが近すぎるとわりと読み手の息がつまるというか……うまい表現が見当たりませんが、うまい比喩に見えない可能性がどうしても存在してしまう気がしています。よく飛ばすという表現がありますが、比喩は遠くに飛んでいればいるだけいいですからね(個人の感想です……)花火のような恋の盛り、はその上でわりと日常でも手垢のついてしまった言葉なので、その点でももっとできたのでは、とおもってしまいました。
同感です。上手く言えずすみません… - 2026/9/25 ・ 2026/9/25 21:00 の歌会(寅の間) ・ 4 票
十五夜を楽しみにする君にまた月を睨んだ日々を言えない
コメント 7 件
牛隆佑の時点では「また」の意味合いを取れなかったんですが、「今年もまた」ということですね。今、気づきました。
太朗千尋「また」の一語でと、十五夜を楽しみにする「君」とがそれなりに長い時間を共に過ごしているのでは、という点を滲ませているところが上手いところだろうと思いました。
宮嶋"Zaco"いつく十五夜をこれからともに観月することになるだろうパートナーに対して、まだ打ち明けることのできない胸の内、自分の陰の部分を隠している、それが前から続いている、の葛藤を感じ取ることができます。
太朗千尋的にも読めるし、なんとなく個人的に、学校で習った十五夜を楽しみにしている小学生みたいな「君」もチラつきました、どちらで読んでもそれぞれに良さがある気がします。
野分他人に言いづらい棘を抱えている、という内容がいいなと思いました! 「また」とあるので長い間打ち明けられてないのかな?と想像します。それだけ人の楽しみを邪魔したくない、というような優しさも感じ取れました。 嫌なことがあった日々=月を睨むことだと思うのですが、ここでも誰にも害をなしてない様子が健気…😢
太朗千尋この場合は「月」は実際の月とのが妥当な気もしますが、月という語はしばしば的に女性の(月経など)的に扱われることも多い気がするのでその点でを深めていくのも方向性としてある気がしました。
野分もしかしたら、月が欠けていく様子は安心して見れたりするんですかね。十五夜を楽しみにする君は残念がりそうですけど。