
仲野キキョウ(なかのっち)
月間ベスト
- 2026-09 ・ 6 票 ・ 2026/9/21 21:00 の歌会(丑の間)
雲一つない青空を永遠と呼びたいような秋が来ました
これまでの全歌 (4)
- 2026/9/23 ・ 2026/9/23 21:00 の歌会(丑の間) ・ 3 票
良い人は居ないのと聞く声色にほんの少しのため息混ざり
コメント 9 件
さとうはな連休で帰省をしたときに、まだ独身で恋人もいないに、母親が小言まじりに聞いている場面なのでしょうね。その場の空気感が伝わってきます。良いお歌だと思います。
Kkiへ向けられた言葉を読んだ歌だと思いました。ため息混ざりが少し辛さを感じさせます
青木 菓子(あおき かこ)ほんの少しのため息 とあるので、100%ネガティブというわけではないのかな?と感じました。
しゃそうもう半分くらい諦められていて、それを感じ取ってしまったを想像しました
和泉みずほ聞く側も聞かれる側も、おそらく同じ会話をくり返していて、緊張感が伝わってきます。
篠田ルルイエいないではなく居ないとしたことでより冷ややかな空気が出ているようにも感じられました。
市井すい声色からあまり良い雰囲気ではないと察し、ため息が混じることでより強く諦めや呆れを感じたのかなあと思いました。
青木 菓子(あおき かこ)読んだ人が想像しやすいシチュエーションを歌にされている点が良いと感じました。
しゃそう声色にため息が混ざる、と描写するのが面白いだと思いました。声にため息が乗るのではなく、声色に混ざる、としているところが。 - 2026/9/22 ・ 2026/9/22 21:00 の歌会(戌の間) ・ 4 票
馬鹿みたい信じていたのこの恋をマーガレットの花占いを
コメント 23 件
そば花占いはマーガレットが主流なのかな。前提知識が必要かなと。
ぺぺいん静かに畳み掛ける迫力を感じて、好きなお歌です。
蒼い月このストレートなピュアさに惹かれました
お地蔵マーガレットが代表的とされていますね、花びらが奇数だから自分で結果をコントロールできるSand Pawnsマーガレットの花言葉が「恋占い」なのです
一文字零信じてたものが この恋 とマーガレットの花占い 両方にかかっているは良いと思いました もうちょっと情報多くしても無理なく輝くと思います
お地蔵ので、実際には占いにならないんですが
そば最後名詞じゃなくてで終えているのが畳み掛けるという効果を出していますね。
一文字零マーガレットは花占いの代表という感じなのですね👀 素敵です
一文字零そば: 最後名詞じゃなくて助詞で終えているのが畳み掛けるという効果を出していますね。
速度感出てますよね 溢れてる感情が現れていると思います
蒼い月馬鹿みたいと言いながらもまだ恋を諦められない感じもします。
お地蔵自分で結果をコントロールできる占いだと気付かずに信じていたから、は馬鹿みたいだと言っているのだと思います。
廣野翔一なんかすごくクラシカルなものを信じていただなと思いました。かなり昔からの回想かなと思いました。
そばマーガレットの占いに裏付けされたのに、あなたは、そしてそんないい加減な占いなんて...というのを想像しました。
一文字零マーガレットの花占いをしてる時点から見ると、かなり昔の話なのかな? とも捉えられそうです
そばマーガレットの花言葉ご存知の方いませんか?その面も考えると面白さが増すのかなと。
廣野翔一マーガレットって最近咲いてるの見ないな…
一文字零信じていたの が過去形なのでかなりの前の出来事を懐古してるように見えます
ぺぺいんこの恋はマーガレットの花びらの数同様、結末が本当は見えていたのだろうか…
お地蔵この歌はがすっきりしている点も好きですSand Pawns「誠実」とか「秘めた愛」とかですね。他の花にして足しても良さそうな気がします。
そば過去形なのに丁寧に感情を描写していて、未練が残っているのがすごく伝わりやすいですね。Sand Pawns「この」は、今現在の恋の話をしてるようにも見えます - 人位2026/9/21 ・ 2026/9/21 21:00 の歌会(丑の間) ・ 6 票
雲一つない青空を永遠と呼びたいような秋が来ました
コメント 9 件
よろん来ました、ということは前も同じを抱いた秋があって、永遠とは続いてくれないけどまた来てくれた秋の素敵な天気に対する明るい歌ですよね
北野都なんとなく、利発そうな天気予報の人があえて情緒よりな発言で場をなごませたのかな、と思いました。
キマユ「雲一つない青空」と「秋」のが新鮮に感じました
山本まとも私のイメージでは、季節の典型的な天気って 春=曇り 夏=青空に入道雲 秋=青空に鱗雲 冬=晴天 みたいなイメージなんですが、季節と天気の関係って住んでるところ次第なので悩ましさがあります。 秋そのものは、永遠よりも有限性を連想しやすい季節ですけど、「秋晴れ」とか「天高く…」とかには空の深さのイメージもあるので、秋の青空と永遠の結びつけは、なんだかわかるかもしれない
河鹿秋晴れの夏とはまた違う青さが浮かびます。「呼びたい」が素敵です。この「たい」は遠慮というより、それこそ秋晴れような明るさを持った、ささやかな意思を感じます。
よろんキマユ: 「雲一つない青空」と「秋」の取り合わせが新鮮に感じました
確かに、言われてみればですね。 秋にフォーカスする上で晴天を選ぶは新しいです
山本まともやっぱり、秋なので、この「呼びたい」にはどこか、叶わない予感があって、 青空の気持ち良さ、前向きさ、に、ちらっと切なさが混じる感じが、します
島田砂光(さこう)秋の空の青さが永遠と合っていると思います。夏の空はあかるくて希望って感じがするので
山本まとも呼べば叶うので叶わないとは違うか、なんだろう。もっとほんのりしてるのかな。 - 2026/9/20 ・ 2026/9/20 21:00 の歌会(午の間) ・ 3 票
泣いたあといつものように鼻をかみテレビの向こうでまた人が死ぬ
コメント 17 件
神乃泣ききったあとの俯瞰、という感じがします
仙田てんは個人的なことで泣いているのではないかと思って、鼻をかむ行為を挟んでひどく他人事めいたとの対比が面白いし、人間みを感じました
アサコル泣いていたとテレビの向こう側で起きた悲劇との対比が好きですとんびわりと意味が取りやすい歌のようで、との関係があんまり掴めないなと思いました。テレビの向こうで人が死んでないている、というよりは、悲しいことがあって泣き、そのような悲しいことが社会では陳腐でありふれているみたいな認識があるのかな
砂のような日常の延長線の上にある他者の死の重さを感じます。
半田 臨泣いて鼻をかむのも、テレビの向こうで人が死ぬのもそれぞれの世界での日常で、その世界は実は繋がっているという部分を俯瞰しているイメージでした
なごむー訃報が続いたりするとこういう感じになるのかな、とか思いましたけど、を考えるとまた違う気もしてきますね
神乃状況(がテレビの前で泣いている)は分かるのですが、はドラマなどを見て泣いているのか、何か別の辛いことなどがあって泣いていてテレビをさめざめと見ているのか、どうして泣いているのだろうと思いました。とんび神乃: 状況(主体がテレビの前で泣いている)は分かるのですが、主体はドラマなどを見て泣いているのか、何か別の辛いことなどがあって泣いていてテレビをさめざめと見ているのか、どうして泣いているのだろうと思いました。
テレビの前で人が死んで泣いているんじゃなくて、もともと泣いていた後に人が死んでいるんですよねー、、
神乃ドラマかと思いましたが、災害などのリアルニュースの可能性もあるのか……
神乃とんび: テレビの前で人が死んで泣いているんじゃなくて、もともと泣いていた後に人が死んでいるんですよねー、、
たしかにそうですね、「また」なのでとんび神乃: ドラマかと思いましたが、災害などのリアルニュースの可能性もあるのか……
たしかに その場合はだいぶ引いた見方をしてる感じがありますね ある種他人事みたいな
仙田てんがなぜ泣いたかは描かれてませんが、社会的な重さ(=人が死ぬ)と自分の中での重さ(=泣く)のちぐはぐさがキモなのかなあと思って読んでいました
砂のような神乃: 状況(主体がテレビの前で泣いている)は分かるのですが、主体はドラマなどを見て泣いているのか、何か別の辛いことなどがあって泣いていてテレビをさめざめと見ているのか、どうして泣いているのだろうと思いました。
は自分のことで泣いていて、テレビをつけたら人が亡くなっていたと捉えました。
なごむーは、また人が死ぬ、だから、にも身近な訃報が舞い込んできていて、一通り偲んだあとに、テレビの中の訃報を観て、軽さを感じてしまった罪悪感、みたいなでした
仙田てん例えば失恋して泣いていたとして、社会的には失恋よりも事件事故戦争とかの方が重たいんですけど、そこで涙は出ないよなあっていう
神乃自分の辛さは大きく見えるけれど、テレビを通して見ると「人が死ぬ」(テレビの向こうの人にとっては重大なこと!)でも遠く見える?