
北野都
月間ベスト
- 2026-09 ・ 6 票 ・ 2026/9/26 21:00 の歌会(巳の間)
サボテンに優しい言葉をかけてみる練習台は人では駄目だ
これまでの全歌 (7)
- 地位2026/9/28 ・ 2026/9/28 21:00 の歌会(寅の間) ・ 5 票
1拍分遅れて届く婉曲は丸い背中にかける雨傘
コメント 9 件
半田新語順などと雰囲気も含めオシャレな歌だなとおもい選を入れさせていただきました。
木ノ宮むじな婉曲を「配慮」としてました。なんとなく、評価者が部下に対する言葉を選んだような。 決して分かりやすい傘ではないけれど、丸い背中を確かに思い遣っているわずかな一拍を詠まれたのだと思い、にしましたやまこよみ「一拍分」があまり分からなかったのですが、具体的なというよりかはの歌なんでしょうか。傘は「湾曲」かなとも思うので、「婉曲」なのであればやはり言葉をかける歌としてのが良いのかな。
佐々岡矩実「1拍分」という語が楽のイメージを連れてきて、歌詞っぽさを感じました。 「丸い背中」から落ち込んでいる様子を想像し、そこに(としての)傘を差し出す優しさを言っているのかなと思いました
畳川鷺々「1拍分遅れ」るのは「婉曲」表現をしているからなのでしょうね。そこのずれをきれいに描けていると思います。「丸い背中」は届くまで少し濡れてしまうのでしょうか。
木ノ宮むじなどうしても「婉曲」にネガティブなイメージもつきまとうと思いますが、わざと選んだ言葉だとしたら意図を聞きたいです
畳川鷺々言葉の硬さ、はちょうどよく感じました
半田新「婉曲」は柔らかい表現みたいな意味もあるので 婉曲=優しさ なのかと。 濡れてしまっている背中に傘をさすような
佐々岡矩実傘をかけられたのはだと思って進めたのですが、を見るとがかけているようにも読めて若干迷いました - 人位2026/9/26 ・ 2026/9/26 21:00 の歌会(巳の間) ・ 6 票
サボテンに優しい言葉をかけてみる練習台は人では駄目だ
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とのもづかさ植物に優しい声をかけるとよく育つといいますし、サボテンとのあいだでウィンウィンなのかなと思いました。
そば普通人にこそ練習の必要があるとしそうですが、人ではだめだと言い切る姿勢が面白いなと感じます。
中 真夜 / Mayo Atariサボテンというあえてトゲのある植物に優しい言葉をかけることの意味があるのかなと思いました。
崩碧優しい言葉を練習するいじましい姿が応援したくなります。サボテンよりも鋭い人間は練習台にはならないのかなと思いました。悲しいですね。
とのもづかさは人を傷つけるのが怖いのか、人に傷つけられるのが怖いのかどっちなのかなと思いました。
そば練習台ということから、には柔らかい言葉をかけたい対象が、サボテン以外にいるのかもしれませんね。
岡野いとう練習台は人ではだめだ、というが好きです。 人で試すのは緊張するのか傷つけたくないのか色々な葛藤があるのかなと思いを馳せました
中 真夜 / Mayo Atari練習台を人とせずサボテンとしたことで、より刺々しいもので練習しておくとかえって人に言葉をかけるときに楽だとかあるのかなとも思います。先にハードルを上げておくみたいな。
岡野いとう一生懸命に優しくなりたいと努力しているを想像してしました。 全体の雰囲気や声に出して読んだ時のリズムもとても好きです
暮石恋衣サボテンを選ばれた点が素敵だと感じました。「サボテンに優しい言葉をかけると育ちがよくなる」などの迷信含めて、人が優しい言葉をかけるイメージがある。家の中に置かれるものなので、人との距離が近い。人に優しい言葉をかけるのが本番だとしたら、練習台に人ではなく、無機物でもなく、サボテンを選ぶのは納得感が強かったです。
そば駄目だと言い切ったのに覚悟があるので、は優しい存在になっていけるのだろうな〜と感じます。
暮石恋衣深かもしれませんが、「人を練習台にするのは失礼だ」というの人間へのリスペクトも取れました。
岡野いとうサボテンに自身も重ねているのかなと感じました
そば無理に開いて柔らかくしないのも、サボテンと合っていて良さなのかなと思います。
岡野いとう人を傷つけてしまうトゲを持つ者同士みたいな感じなのかなと
岡野いとうすごく好きな歌です。 - 人位2026/9/25 ・ 2026/9/25 21:00 の歌会(卯の間) ・ 5 票
遠く見ゆクジラが消えた入江から届いた歌の詠み人知らず
コメント 13 件
やすらかこのお歌のはるかなイメージというか世界観が好きです。汝乎クジラはあんなにも大きいのに、それが消えるということが面白い。ゆゆ自然の壮大さと気配の儚さが美しく対比されていて綺麗なが浮かんできました
花木たかお詠み人知らずな歌は、消えてしまったクジラなのかもしれないという予感を残す歌だなとました。 切なくも美しいが浮かびました。
花木たかお「クジラが消えた入江」はそのままでも美しいですが、何かのや、メッセージがあるのでしょうか。 含まれたものによっては、でもありそうです
やすらか直接は描写していない波やボトルメッセージみたいなものも想像しました。
半田新クジラ同士は鳴き声で会話ができると聞いたことがあります。 消えたクジラからへのメッセージが歌だったら素敵だなと思いました。
花木たかおクジラが大切な人を暗示していたら、届いた歌も具体的な形を持ちそうです
高田つき遠くの、クジラが消えてしまった入江の静けさを思いました。どんな歌だったのだろうと思いを馳せます。
ぐりこかつてはクジラがいた入江、歌を詠んだ人が確かにいたにも関わらずわからなくなってしまう、時の流れの中で失われていくものへの哀切な歌のように感じます。
花木たかおクジラが消えることが環境問題や社会問題であれば、届いた歌は、その結果を示した事象とも取れるなと思いました。 しすぎていたらすみません💦
やすらかなぜクジラとされたのか、作者の意図が気になりますね。
花木たかおやすらか: なぜクジラとされたのか、作者の意図が気になりますね。
戦艦などのという可能性もあるでしょうか - 2026/9/24 ・ 2026/9/24 21:00 の歌会(甲子の間) ・ 4 票
サボテンは触れられたくて待っている 葉桜の窓薄くひらいて
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Heyachoサボテンはすごく近くに見えて、葉桜は窓の向こう遠くに見える色が浮かびました。立体的な色の見え方が素敵だなと。
エバラ触れると相手を傷つけてしまうから待ちに転じてるんでしょうね。そんな自分でも受け入れてくれる人を待っている。 にサボテンを使うのが面白いセンスだなぁと思いました。
咲の切なさがとても好きです…棘があるから触れられないのではなくて、触られたいのに棘がある、という感じですかね
樋高芽依風が吹くのを待っている、という解釈でました。やがて撫でてもらったサボテンを想像してみると、かわいいような切ないような、心がキュッとしました。
小路優作なるほど!棘が刺さってしまうから待ちなのですね
小路優作撫でてもらえたエンドを祈ってしまいますね。切ない。
Heyachoなるほど、だからサボテンなのか…!
はるかぜ【10/12 ZINEFEST文芸大阪】桜のように誰からも好かれるものとの対比が切ないです
咲少し気になったのは、で「葉桜の窓薄く」の部分が漢字が連続していて詰まったかなあというところです!
エバラ多肉植物であることにこだわりがある気がします。
咲薄く が漢字で ひらいて がひらがななのは何かこだわりがあるのかなあと思いました!
小路優作はるかぜ【10/12 ZINEFEST文芸大阪】: 桜のように誰からも好かれるものとの対比が切ないです
葉桜をそうと、より切ないですね…!
Heyacho桜は桜でも、葉桜の方が、サボテンが浮かび上がる色な感じがします。
樋高芽依漢字、ひらがなで言えば、最後の「ひらいて」がひらがななのがすてきです。ひらひらと揺れるような雰囲気になるなぁと。 - 人位2026/9/22 ・ 2026/9/22 21:00 の歌会(酉の間) ・ 6 票
米粉パン咀嚼は続く沈黙は屑を落とさず皿だけ白い
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アンダーザミント何故米粉なんでしょう…
星野だいすけ米粉パンというディティールがとても好きです
アンダーザミント「沈黙は屑を落とさず」の続き方がすこしわかりにくいかな… 沈黙してる上にパンをかじってないのはわかりますが
ただの(◜ᢦ◝)ややですが全体が綺麗にまとまっているなと思いました。
音羽気まずい沈黙なのか、幸せな沈黙なのか、色々なが想像されます
田中記念館がところどころ無いのが気になりました。 沈黙によって口が開かないことで食べこぼしはないけど、米粉の白さだけが皿にある。この違和感がどころだと思いました。
ただの(◜ᢦ◝)アンダーザミント: 「沈黙は屑を落とさず」の続き方がすこしわかりにくいかな… 沈黙してる上にパンをかじってないのはわかりますが
私は三句、四句は良いと思ったのですががづらい印象でした。
松本コウタ二人で食べているようにましたが、米粉パンの粘りとただ黙って食べていることに、気まずさを感じましたね
田中記念館米粉パンは白い粉(米粉)が付いてるイメージです。
星野だいすけ初歩的ですけど、静かに食べているから、咀嚼に集中できてその結果パンくずをこぼすことなく食べられて、皿も綺麗な状態という事ですかね?
星野だいすけ一人で米粉パンを食べるのに、お皿を用意していると考えると、生活を大事にしている気がして
松本コウタ皿だけ白いので、現実は暗いから幸せではないでしょう。
星野だいすけそこまで寂しい歌ではないきがしてきましたあ
星野だいすけ松本コウタ: 皿だけ白いので、現実は暗いから幸せではないでしょう。
なるほど、たしかに「だけ」ですもんね
田中記念館星野だいすけ: 初歩的ですけど、静かに食べているから、咀嚼に集中できてその結果パンくずをこぼすことなく食べられて、皿も綺麗な状態という事ですかね?
自分も星野さんに近いでした。その上で米粉パンについてる粉だけ皿に残るイメージでした。
星野だいすけ米粉パンを強調している部分も、生活を大事にしている態度のようなものを感じました
曽我区分小麦のパンよりもしっとりしているから咀嚼に時間がかかるし、その間に色んなことを考えちゃうのかなと思って読んでいました
田中記念館米粉パンの咀嚼は続いてるし沈黙も続いてるっていうのが面白いですね。
田中記念館沈黙が屑を落とさないことに寄与してるって指摘も面白いです - 2026/9/21 ・ 2026/9/21 21:00 の歌会(丑の間) ・ 4 票
「ひらがなで開いたうたの半分は優しさです」とゼラチン溶かす
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山本まともバファリンのCMの、現在の知名度がまず気になります!
よろん脳裏に刻まれてますね、例のCM
山本まとも(私の世代としては「半分」+「優しさ」といえば自動的に「バファリンの半分は優しさでできています」というCMを思い出すし、この歌も当然それを踏まえていると断言していいと思うのですが、もう古いっちゃ古いですよね。)
島田砂光(さこう)言われて思い出しました、CMだったんですね
河鹿ひらがなで開いたうた、解釈が難しいですが、優しくて朗らかな様子が伝わります。ゼラチンもゆるくまとまる様子ですので、との相性が素敵です。
仲野キキョウ(なかのっち)鉤括弧がつくことで、がぽつりと呟いているようにも感じました。 バファリンのCM、世代としては通じない方もいるかもしれないんですが、通じなくとも、ひらがなで書く優しさを表現しているような感じがします。
よろんひらがな、にという動作をリンクさせたことがなかったので新鮮でした。 ゼラチンとの相性もいいですよね
山本まとも「ひらがなで開いたうた」は言い回し的に短歌の話だろうと読んでいました。短歌についての短歌って平板になりがちな印象があるんですが、この歌はカッコの中もどういうことかちょっと不思議だし、「ゼラチン溶かす」も限定されたシチュエーションで、(だいたいお菓子作りとか? 他にもあるのかしら) 心して読まねば、、、となりました。
キマユCMについては知らなかったです ゼラチンを溶かしながら、うたの優しさについて思いを巡らせているように感じました 「ひらがなで開いたうたの」というのリズムも好きです
山本まとも漢字でも書けるものをひらがなで書くことを「」というのは、①作歌の場面ではメジャーで ②他の場面では見たことがなさそう と思っていましたが、①も②も、そうでもないかしら
仲野キキョウ(なかのっち)山本まとも: 「ひらがなで開いたうた」は言い回し的に短歌の話だろうと読んでいました。短歌についての短歌って平板になりがちな印象があるんですが、この歌はカッコの中もどういうことかちょっと不思議だし、「ゼラチン溶かす」も限定されたシチュエーションで、(だいたいお菓子作りとか? 他にもあるのかしら) 心して読まねば、、、となりました。
私も短歌のことと読んでいます。漢字で書けるものをひらがなにすることを、「」といいますね。 - 人位2026/9/20 ・ 2026/9/20 21:00 の歌会(辰の間) ・ 3 票
一輪の花を飾りし窓辺より途上の光降りゆくうつつ
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サンゴ夢と現実のあわいのような、ステキな短歌だと思いました
紫荊シダル窓辺に飾る花をそのまま描写している歌なんですが、描写の仕方が幻想的で美しいと思いました
多田ゆか理端正なで描かれるが美しく、「うつつ」のもお見事だと感じました。
紫荊シダルうつつをひらいたところが幻想世界に惹き込まれるような印象で良いなと思いました
よろん多田ゆか理: 端正な文語で描かれる景が美しく、「うつつ」の体言止めもお見事だと感じました。
うつつ、をに置くことでこの詩の現実性をうまく包み込んでますよね。
多田ゆか理全体として光の白むような美しい光を想像し、窓辺にかかっているであろうレースのカーテンや、白百合のような真っ白な花を思い浮かべました。
紫荊シダルを描写しているだけ、なんですが途上の光とうつつので怒涛のポエジーが致死量の美しさだと思いました。好きです。
よろん途上の光、と時間経過を詠み込むことで、花を生けている時の流れが日常から切り離されている、たおやかな印象を受けました。
サンゴ光とあるので、反射するような白を思い浮かべました
紫荊シダル真っ白な花をイメージしていました。全体的に光量が多いお歌でしたので。
長谷川とても綺麗な歌なんですけど 窓辺より(見ている)途上の光~ だと思ったんですけど、 一読したとき、窓辺より「降りゆく」にも見える気がして、 「より」のところが結構不安定に思いました。
よろん一輪、をチョイスした意図も気になりますね。
紫荊シダルサンゴ: 光とあるので、反射するような白を思い浮かべました
こういう何気ない日常に宿る神様のようなものを描写するお歌って素敵ですよね
多田ゆか理長谷川: とても綺麗な歌なんですけど 窓辺より(見ている)途上の光~ だと思ったんですけど、 一読したとき、窓辺より「降りゆく」にも見える気がして、 「より」のところが結構不安定に思いました。
私も、天上の光が降りるシーンとも、花の白さが窓の外へ漏れ出すようにも取れました。
紫荊シダル長谷川: とても綺麗な歌なんですけど 窓辺より(見ている)途上の光~ だと思ったんですけど、 一読したとき、窓辺より「降りゆく」にも見える気がして、 「より」のところが結構不安定に思いました。
意図的にどちらとも捉えられるようにしたのかな?という印象でした