水柿菜か のアイコン

水柿菜か

すこやかにおだやかに🌿 きっとマイノリティーなうたを詠む人。

月間ベスト

これまでの全歌 (3)

  • 2026/9/22 ・ 2026/9/22 21:00 の歌会(亥の間) ・ 3 票

    夕暮れに歩く私を秋風よ攫ってくれよ 君に逢いたい

    コメント 16 件
    衣非ハルカ
    歩く私を秋風よ のリズムの良さがかなりいいとおもいます
    空木シアン
    夕暮れ、秋風、攫ってくれよ、ちょっと強い言葉から君に逢いたいの流れがよいなと思いました。
    中 真夜 / Mayo Atari
    寂しさが存分に伝わる歌だと思いました。
    想田るうじゅ
    までおしゃれな言い回しをしておいてでシンプルに言っていていいなと思いました
    やよい
    綺麗はまとまっているからこそ惜しいというか、どこをだれが歩いているのかもう少し踏み込んだイメージが欲しいなと思いました。どうして君に逢いたいのかが知りたい
    中 真夜 / Mayo Atari
    「攫ってくれよ」までの勢いあるリズム感と一字開けての「君に逢いたい」の切実さの対比が好きです。
    衣非ハルカ
    君に逢いたいはストレートすぎるようにも感じました もう少し欲しいと思っちゃったデス
    空木シアン
    たしかに、私についてもっと知りたくなります。
    よるん、
    一字開けがなあと思いました。「秋風よ攫ってくれよ」が結構大げさに言っている感があるので、ひといきつける余白が好きです。
    想田るうじゅ
    個人的に攫ってというのはが強いのと秋風よと言っているのに君にとで言ってしまうのはよくわからないと思ってしまいました… 話し相手は秋風?君?どっち?という感じです
    衣非ハルカ

    よるん、: 一字開けが効いているなあと思いました。「秋風よ攫ってくれよ」が結構大げさに言っている感があるので、ひといきつける余白が好きです。

    一字開けがほんとうにいい歌だと思います
    空木シアン

    想田るうじゅ: 個人的に攫ってというのは既視感が強いのと秋風よと言っているのに君にと結句で言ってしまうのはよくわからないと思ってしまいました… 話し相手は秋風?君?どっち?という感じです

    秋風よ、と願いつつ君に逢いたいが心の呟きなんですかね。
    よるん、
    私もはもうちょっとだけひねりが欲しい気はしました。
    想田るうじゅ
    イメージは私を攫って風に乗って君のところへ連れていってということでしょうか そう考えるとすごく綺麗な歌ですね
    想田るうじゅ
    夕暮れということはついさっき君と別れたばかりともとれますかね 一人で帰り道に切なくなっている様子が思い浮かびました!
    よるん、
    夕暮れと秋風という単語が、個人的にどちらもオレンジっぽいイメージなので、その統一感が素敵だなーと。
  • 2026/9/21 ・ 2026/9/21 21:00 の歌会(巳の間) ・ 3 票

    交差点手向けられた花束は燃えるゴミとなり天国へ届く

    コメント 9 件
    ハウルの動かない黒子
    「燃えるゴミ」という俗世的な行政用語と「天国」という宗教的な語との対比が面白い歌かと思ってました。
    nes
    内容が悪いとは全く思わなくて、「燃えるゴミとなり」にいい意味でちょっと穿った見方があって、きれいごとで終わらせていない良さがあると思います。一番気になるのはかなあと。5・6・5・8・8になると思うんですが、6は相当じゃないと成功しないのではないかと。「ひとつ置かれた」ぐらいですかねえ。言い換えはなかなかに難しそうです。
    ハウルの動かない黒子
    「天国へ届く」は歌の着地点としては明快なのですが、意味を閉じすぎているようにも感じられて、読者に考える余地をもうすこし残してもいいのかなと思いました。
    黒井耀介
    個人的にですが、をで読んだら、「届く」が溢れてしまったんですが、歌が一瞬無になって「届く」と三分が静かに独立したような聞こえてきました。それもありゴミであれなんであれ、優しく「届く」ことにこの歌は重心があるのかなと、、!
    nes
    あともっと突っ込むなら、「花束が天国の燃えるゴミになる」まで言えたらスゴいですよね。作者の意図からは離れるかもしれないので外野の勝手な意見ですが。
    新妻ネトラ
    燃えることではじめて天国へ届くとしている仏教的な歌ですね。ゴミという表現に若干引っかかりを感じてしまいます。意図的であるとは思うのですが、で「手向けられた」と表現している以上、花束は丁寧な物であると印象づけられているので、それがそのまま燃えるゴミへ変化するのは急速な気がしました。
    柳木圭
    花束が燃えるゴミとなり天国へ届くという句は、普段気にしない花束の行方ですが、「言われてみたらそうだな」と思いました。自分も口に出した時のが気になりました。どう変えたらいいとかはパッと出てきませんが…。
    nes
    最初にも書きましたけど素材というよりどう料理するかでしょうね。「交差点にひとつ置かれた花束の天国の燃えるゴミになるまで」ぐらいまで行けたら嬉しい。
    駒木りつ
    手向けられた花束は、花束の状態では天国には届かず、現世で燃えるゴミの状態になってはじめて届くというがとても新鮮でした。それは現世で枯れてしまった状態の花が届くのか、新鮮な花束の状態で届くのかが気になりました。
  • 2026/9/20 ・ 2026/9/20 21:00 の歌会(子の間) ・ 2 票

    炊き立ての白米というしあわせの神 祈るかのように鳴る腹

    コメント 11 件
    さといも旧
    白米は美味しい
    さといも旧
    炊きたてなら尚更 米には神が宿っているっていうしね。
    べし
    炊きたてのご飯を食べられる喜びがまっすぐに伝わってきました。
    田中泥炭
    腹が祈るように鳴るってのはとして破綻していて面白いですね
    さといも旧
    「いただきます」も祈りと似ているしね。
    咲
    読んで笑顔になれる歌だなと思いました!しあわせの「神」、からの「祈るかのように」のが近いところにあるのかな〜と思ったのですが、日常的な喜びとしての表現なので良さなのかなとも思いました!
    さといも旧
    「しあわせの神」はしても言うぞという気概が感じれます。 「なる腹」のは気になりました。
    髙瀬陽
    炊飯器を開けた時の水蒸気が上がってくるのを想像してお腹が空きました笑 もう少し前半と後半のギャップがあったらよりいいのかな?と思いました。
    田中泥炭
    多分眼前に白米はないのかな。今ないものを想望しているからこそ神という大袈裟な言葉が似合うのかもしれませんね。祈るかのように、というのはそれだけあれば私も幸せになれるのに、という気持ちなのかも
    さといも旧

    田中泥炭: 多分眼前に白米はないのかな。今ないものを想望しているからこそ神という大袈裟な言葉が似合うのかもしれませんね。祈るかのように、というのはそれだけあれば私も幸せになれるのに、という気持ちなのかも

    たしかに無くてもいいですね
    髙瀬陽

    田中泥炭: 多分眼前に白米はないのかな。今ないものを想望しているからこそ神という大袈裟な言葉が似合うのかもしれませんね。祈るかのように、というのはそれだけあれば私も幸せになれるのに、という気持ちなのかも

    ない方がより神様に祈ることに必然性が出て良いですね