
苦い
月間ベスト
- 2026-11 ・ 2 票 ・ 2026/11/3 21:00 の歌会(卯の間)
燐寸(マッチ)飛び気霜かわからぬ煙喫み 冬と夏とがマッチする候
これまでの全歌 (3)
- 2026/11/4 ・ 2026/11/4 21:00 の歌会(辰の間) ・ 1 票
昨日明日 無限の道が瞬間と書かれた門で巡り会う夢
コメント 13 件
夢乃うつつ意味性の強いお歌だなと感じました。綺麗なながらにも気を配られていると思います。
松﨑通彦夢の話ってルール無用なので何でもアリだとおもうのですが、その何でもアリを表現した歌なのかも?と読んでいました。
みかづきも概念的であり、が取れればもっと味わえたかも知れません。
夢乃うつつではとがそれぞれになっている箇所が少々気になりましたが、を羅列と捉えれば特に違和感はないのかな?と思ってにとらせていただきました。
七篠龍也あえてを切って意味に振り切った、禅語や心経のような重みのあるお歌とました。
邪去侮の梯子(やこぶのはしご)時間というものは無限に連続で、日々止まらずに経過してくものですが、その時間軸で点に収束した極限を「瞬間」と捉えている、と解釈させていただきました
夢乃うつつ私は無限の道について、縦軸より横軸に広がるような印象を受けました。時間の流れを瞬間で切り取ったときにはじめて実感しているようなが浮かびます。
七篠龍也これ、どこまでが「書かれて」いるんでしょう?「昨日明日」から?「無限の道が」から?どう読まれました?私はまあ、から三句まで書かれているんだろうなと読んだのですが……
たいらりょう今日が無いのが良いと思いました。 寝て起きたら明日になっていて、起きたとき寝入ったのは昨日なので、睡眠そのものを詠んだものなのかなぁとも思いました。 寝て起きるまで感覚的には一瞬なので。
邪去侮の梯子(やこぶのはしご)昨日今日(過去これまでの経験など)が 無限の道(可能性や未来を表現)との狭間で 瞬間と書かれた門(今この瞬間)に立ち会う という意味性を含んだ句だと思いました 皆さまはどう受け取りましたでしょうか
夢乃うつつ『瞬間』と書かれているとました。
夢乃うつつ『道が』とされているので、道と道とが巡り会っているのかもしれませんね。
七篠龍也夢乃うつつ: 『瞬間』と書かれていると読みました。
なるほど、無限の道が巡り合う夢、ということでしょうか。 - 2026/11/3 ・ 2026/11/3 21:00 の歌会(卯の間) ・ 2 票
燐寸(マッチ)飛び気霜かわからぬ煙喫み 冬と夏とがマッチする候
コメント 11 件
あに未達よろしくお願いします! 「気霜かわからぬ」から「煙喫み」へのが面白くて好きです
星野だいすけよろしくお願いします!
クヌギ屋@短歌喫煙の煙と外気の白い息の判別がつかない、というのは綺麗なだと思いました。
白水もめん私が勉強不足な部分が多く、歌意を受け取り切れませんでした。律としてとても軽やかで面白かったです。夏野菜マッチを掛けていると思ったのですが、夏が急に登場してきたような気がしてきれませんでした。どうました?
星野だいすけ冬と夏とがマッチする候、と言うのは、秋のことですかね・・・?
星野だいすけクヌギ屋@短歌: 喫煙の煙と外気の白い息の判別がつかない、というのは綺麗な情景だと思いました。
クヌギ屋さんのおっしゃる通りで、私もが好きでした
昼がきれず、という感じです。だけとめっちゃ冬のなんですけどね。あに未達「燐寸飛び」で初速が出ているところがすごいと思いました
星野だいすけ、吸って仕舞えば、吐息か煙か判別がつくと思うんですよね 一句目の初速もあって、一瞬を切り取られているのが素敵でした夏野菜私ものがキレイで好きです。「気霜かわからぬ」だからまだ冬とは言い切れないという気持ちがあるのですかね - 2026/11/2 ・ 2026/11/2 21:00 の歌会(寅の間) ・ 0 票
うそぶいた、愛の言葉も幻か朝一番の置き手紙にて。
コメント 12 件
仁和三行半かな
コレントホテルで一夜明かすと先に帰られていて、というのを想像しました。
想田るうじゅ愛、幻、朝が全部あ段から始まるのがリズム的にも響き的にも良いと思いました!
仁和置き手紙がある以上はそれなりにへの義理も持ち合わせていて、なんだかそれを思うとこれを書いて出ていった人は別に悪い人じゃなさそう と思いました。であれば原因はの方にあるかもしれなくて、なのにその本人が「うそぶいた」「幻か」とか言ってる面白さがあります
汽句読点の存在が個性だと感じました。句読点の意義みたいなところを考えてしまいます。今も考えています。
永井文鳥「朝一番」を共に過ごしうる関係性のなかで、その「朝一番」を過ごさずに相手いなくなってしまった、という点はおそらく歌から取れるもので、と相手の像は読者の好きなように想定できるし、なおかつそのブレはあまりマイナスに作用しにくい形かなと思いました。
コレント句点で文章が終わる感じが、の中でも物事が確定していて、ある程度乾いた受け止め方をしているように見えますね。
仁和「うそぶいた」は「愛の言葉」にかかってるのかな
お地蔵ひと息で言うような感じが独特ですね、それにどういう効果があるのかはまだ分からないですが
汽うそぶいた、 もどこにかかっているかはっきりとせず余白があるように思います。
永井文鳥の読点の存在によって、2句目以降を一気に言い切っている感じは出ていると思うんですが、ここが歌意や雰囲気にどう反映してべきなのかは難しかったですね。
仁和全部ひっくるめてうそぶいたに戻ってきて、実は置き手紙を書いた側のという考え方